それって「毒親」なんじゃない?

これが毒親育ちの全てです

見たくないものには蓋をしたい

 

 

こんにちは、干物紐乃です。

みなさんいかがお過ごしですか。

 

私は今日お休みだったのですが、いつも通り家に引きこもっていました。

あまりにも暇だったので部屋の掃除をしていたら昔のiPhoneが出てきたので恐る恐る充電をして見てみました。

 

 

見てしまったんです。

 

 

何度も何度も逃げてきました。こうやって見てしまったからにはそろそろ見つめ直さないといけない時がきたのかもしれません。

 

 

私が見てしまったのは、大学3年のちょうど今の時期、両親から家を追い出されて学費も支払ってもらえず、約3ヶ月ネカフェや友達の家を転々とし、その後1年間一人暮らしをしていた時にやり取りしていた親とのメール。

 

親への曖昧な不信感が確信に変わった時でした。

 

そして今の私のすべてのトラウマとなった出来事でした。私はこの時の出来事を2年以上たった今も忘れることができず、自分自身と大好きな妹弟、父の妹であるおばちゃん、父の母である私のおばあちゃんを傷つけ迷惑をかけてしまいました。

しかし自分にとっては人生における最大の出来事でも、「あの時はお前がひねくれてたからなぁ!今なら笑い話にできるやろ?出来なかったらまだ成長してへん証拠やで!!」と、無理やり笑い話に変えようとしてきました。

私にはそれが許せなかった。これは無かったことにしてはいけないんだ、という思いから文章にしようとずっと思っていました。しようと思いながら向き合うのが怖くて怖くて逃げてました。

 

 

私が家を追い出されることになったきっかけ。

私は音楽系の部活に入っており、有難いことに多くのライブに立つ機会を貰えました。

毎日部活漬けで授業を受け終わったら練習、家に帰っても音楽を聴きこみ、大学でも部活の仲間と多くの時間を過ごしました。

日々の練習やライブは基本夜行います。ただでさえ外出や門限にうるさい父とぶつからないということはあり得ませんでした。何度も部活に行く時間を減らせとか、部活に行くなら大学を辞めろ、そうすればお前は部活にいけなくなるとか、付き合う友達を変えろ、そんな友達がいるからそういう生活になるんだとか、口うるさく言われずっと抵抗してきました。

部活に熱中してしまったせいで、大学の単位はいつも落単ギリギリ。評価もAは殆どありませんでした。卒業さえできればいいと思っていたので、あまり重要視していませんでした。

 

そんなある日、私の前期の成績を見た父に呼び出され、こんな成績だとお前はどこにも就職出来ない、今すぐ部活を辞めろと話をされました。私は黙っていました。またこの話かと。

そのまま父は今のゼミや専門教科で習っている内容を今話してみろと言われました。私は普段授業なんかぼーっと受けて、テスト直前に夜も寝ずに脳みそに無理やり詰め込むタイプの人間でしたので、何も喋れませんでした。

 

これが父の地雷を踏んでしまったのです。

 

「なんで黙ったままやねん!!何にも話せないくらい勉強してへんってことやな!?もうあかん、大学に行く本当の意味がわかってない奴に金払ってまで通わせる意味は無い!!出ていけ!!」

 

私は、今まで一生懸命にやってきたことを父に奪われるくらいならこんな親と一緒にいたくない、お金や住むところに苦しんだって一人で生きていったほうがずっとましだ、こんな所、自分から出てってやる、と思い勢いよく自分の部屋に戻りました。それと同時に勉強で成果をだすことでしか父に認めてもらえないことがとても悲しく、辛くなりました。

 

 

そして、私と父のやり取りを見ていた母が

 

はい、適当に着替え詰めといたから

 

旅行用の大きい手持ち鞄に私の下着や着替えを詰めて、ドスンと目の前に置いていきました。

 

私は信じられませんでした。あぁ、この家では父のいうことが絶対で、それに刃向かうと罰せられるのか。母についてきて欲しかったわけではないけど、母ってこんなにも薄情なものなのか。どこへ泊まるかくらい聞いてくれるかと思ってた。

 

こんな家に絶対戻らない。一人で生きていくんだ。

 

涙ぐみながら、18時頃、私は実家を出ました。

 

 

 

 

 

まだまだ序の口ですが、気が向いた時に続きを書いて行きたいと思います。

未来の自分がこのブログを読んで、こんな辛かったことがあったけど今は幸せだよと笑って過ごせてますように。