それって「毒親」なんじゃない?

これが毒親育ちの全てです

優しい光が差し込んだ瞬間

 

 

こんにちは。干物紐乃です。

最近寒日が続いていますが、みなさんいかがお過ごしですか。

干物ちゃんは、悪天候からか、なかなか気分も晴れません。

そして本日も朝から父と怒鳴りあいの喧嘩をしたのでさらに気が滅入ってしまいました。

私の唯一素が出せるこの場を借りてストレス発散させて下さい…

 

 

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前回の続き

 

家を飛び出した私は、同じ部活の一人暮らしをしているDちゃんに連絡を取り、1日泊めてもらえないかとお願いをしました。

Dちゃんは私のせっぱ詰まった様子を読み取ってくれて、事情も聞かず快く私を迎えてくれました。バイト後のDちゃんと合流し、一緒に夜ご飯を食べて一緒にテレビを見て笑って、お風呂も用意してくれて、私用に布団も出してくれて…寝るスペースを分けてくれるだけも有難いことなのに、温かく接してくれました。

 

電気の明かりを消した時、今まで何も聞かなかったDちゃんが優しく「なんかあったの?」と聞いてくれました。

 

親が私のすることをことごとく否定してきて、部活もやめろって言ってきて、挙げ句の果てに大学を辞めさせて部活に行かせないようにしてくるし、私は普段も遊びのお誘いを断ったり一人だけ早く帰ったりずっと我慢してるのに、お前は何一つ義務を果たさないって言われて人格も否定されて精神的に追い詰められて、それでそれで…

 

 

 

 

話したいことがどっと湧いてきて、でもどれも言葉にならずに涙だけがボロボロと出てきました。

涙が止まらない私に、「何かあったらいつでも来ていいから。いつも一人だし来てくれて嬉しいよ!」と声を掛けてくれました。

その言葉でさらに私はDちゃんに対する温かさと優しさと有り難さと、申し訳なさを痛感しました。

 

 

Dちゃんの優しさはそれだけではなく、次の日バイトが早朝にある私のために、

私より早く起きてフレンチトーストを焼いてくれたのです。朝から泣きそなのを堪えて、じっくり味わいながら頂きました。

 

朝ごはんなんて母は父のぶんしか作らず、子供はみんな、勝手に食パン食べてなさいと言われてたのに…突然のお願いに困惑したはずなのに、私に嫌な顔も見せず明るく迎え入れてくれた…

 

 

この世界に、私の身近に、こんなに優しい世界があったんだ。

 

私はDちゃんの家にいた数時間、親のことや自分のされたことを忘れさせてくれるほどの優しさに包まれてDちゃんの家を後にしました。

 

 

私も友人が困っていたら、できるだけ救いたい、なんかしてあげたい、と思わせてくれたDちゃん。

この後も何度も助けられました。

彼女の一つ一つの気遣い、今も尊敬しています。

本当にありがとう。

 

 

見たくないものには蓋をしたい

 

 

こんにちは、干物紐乃です。

みなさんいかがお過ごしですか。

 

私は今日お休みだったのですが、いつも通り家に引きこもっていました。

あまりにも暇だったので部屋の掃除をしていたら昔のiPhoneが出てきたので恐る恐る充電をして見てみました。

 

 

見てしまったんです。

 

 

何度も何度も逃げてきました。こうやって見てしまったからにはそろそろ見つめ直さないといけない時がきたのかもしれません。

 

 

私が見てしまったのは、大学3年のちょうど今の時期、両親から家を追い出されて学費も支払ってもらえず、約3ヶ月ネカフェや友達の家を転々とし、その後1年間一人暮らしをしていた時にやり取りしていた親とのメール。

 

親への曖昧な不信感が確信に変わった時でした。

 

そして今の私のすべてのトラウマとなった出来事でした。私はこの時の出来事を2年以上たった今も忘れることができず、自分自身と大好きな妹弟、父の妹であるおばちゃん、父の母である私のおばあちゃんを傷つけ迷惑をかけてしまいました。

しかし自分にとっては人生における最大の出来事でも、「あの時はお前がひねくれてたからなぁ!今なら笑い話にできるやろ?出来なかったらまだ成長してへん証拠やで!!」と、無理やり笑い話に変えようとしてきました。

私にはそれが許せなかった。これは無かったことにしてはいけないんだ、という思いから文章にしようとずっと思っていました。しようと思いながら向き合うのが怖くて怖くて逃げてました。

 

 

私が家を追い出されることになったきっかけ。

私は音楽系の部活に入っており、有難いことに多くのライブに立つ機会を貰えました。

毎日部活漬けで授業を受け終わったら練習、家に帰っても音楽を聴きこみ、大学でも部活の仲間と多くの時間を過ごしました。

日々の練習やライブは基本夜行います。ただでさえ外出や門限にうるさい父とぶつからないということはあり得ませんでした。何度も部活に行く時間を減らせとか、部活に行くなら大学を辞めろ、そうすればお前は部活にいけなくなるとか、付き合う友達を変えろ、そんな友達がいるからそういう生活になるんだとか、口うるさく言われずっと抵抗してきました。

部活に熱中してしまったせいで、大学の単位はいつも落単ギリギリ。評価もAは殆どありませんでした。卒業さえできればいいと思っていたので、あまり重要視していませんでした。

 

そんなある日、私の前期の成績を見た父に呼び出され、こんな成績だとお前はどこにも就職出来ない、今すぐ部活を辞めろと話をされました。私は黙っていました。またこの話かと。

そのまま父は今のゼミや専門教科で習っている内容を今話してみろと言われました。私は普段授業なんかぼーっと受けて、テスト直前に夜も寝ずに脳みそに無理やり詰め込むタイプの人間でしたので、何も喋れませんでした。

 

これが父の地雷を踏んでしまったのです。

 

「なんで黙ったままやねん!!何にも話せないくらい勉強してへんってことやな!?もうあかん、大学に行く本当の意味がわかってない奴に金払ってまで通わせる意味は無い!!出ていけ!!」

 

私は、今まで一生懸命にやってきたことを父に奪われるくらいならこんな親と一緒にいたくない、お金や住むところに苦しんだって一人で生きていったほうがずっとましだ、こんな所、自分から出てってやる、と思い勢いよく自分の部屋に戻りました。それと同時に勉強で成果をだすことでしか父に認めてもらえないことがとても悲しく、辛くなりました。

 

 

そして、私と父のやり取りを見ていた母が

 

はい、適当に着替え詰めといたから

 

旅行用の大きい手持ち鞄に私の下着や着替えを詰めて、ドスンと目の前に置いていきました。

 

私は信じられませんでした。あぁ、この家では父のいうことが絶対で、それに刃向かうと罰せられるのか。母についてきて欲しかったわけではないけど、母ってこんなにも薄情なものなのか。どこへ泊まるかくらい聞いてくれるかと思ってた。

 

こんな家に絶対戻らない。一人で生きていくんだ。

 

涙ぐみながら、18時頃、私は実家を出ました。

 

 

 

 

 

まだまだ序の口ですが、気が向いた時に続きを書いて行きたいと思います。

未来の自分がこのブログを読んで、こんな辛かったことがあったけど今は幸せだよと笑って過ごせてますように。

 

 

脱ニートは出来ても脱毒親は出来ない

 

お久しぶりです。干物紐乃です。

みなさんいかがお過ごしですか。

つい先日まで暑かったのに9月に入った瞬間急に肌寒くなってきましたね。

今日は雨のせいか朝からひやっとしたので薄手のニットを引っ張り出しました。

風邪やインフルエンザなどのウイルスには気をつけてくださいね。

 

近況といえば、ちょうど3ヶ月のニート期間を経て、先月再就職をしました。

前職と似ている業種で接客をしています。

ただ、前職と大きく違うところは、接客ですが日曜・祝日のお休みが確保されていることと、お盆と年末年始に約1週間の連休がもらえる点です。

サービス業の中では珍しいのではないかと思います。求人を見つけた瞬間すぐに書類応募して面接をして貰えました。面接官も親戚のおっちゃんのような温かい雰囲気でリラックス出来、無事内定をいただけました。入社してちょうど1ヶ月が経ちます。

 

前職と似ている業種ということや女職場ということもあって、初めはだいぶ警戒していました。

しかし、研修中の講師や配属先の店長がとても気さくでわからないこともすぐに聞ける雰囲気だったので、今の所人間関係ではほぼ悩みがありません。(ほぼ同時期に入社した同い年の子は、店長がネチネチ系嫌味女で先輩にすごく当たるらしく、見ているのが辛いと言っていたので、店舗によりけりです。ほぼ同期の他のメンバーもこの会社は前職に比べてまともという意見が多かったです。)

 

ただ一つ厳しいなと思う点は、まとまった休憩が取れない所です。

店舗的にはうれしい悲鳴ですが、お客さんが一日中出入りするので、座れる時間がほとんどありません。お昼もお客さんが来るまでの15分で急いで胃袋に入れるように食べます。

通勤退勤の合わせて2時間強も満員電車で一駅も座れないことが多く、足の裏がジンジン痛みます。

他の店舗よりかなり忙しいみたいなので、早く仕事を覚えられる気はしますけどね…

入社3ヶ月は研修期間のため残業はしないように早く帰らされますが、期間が終わったらと思うと今から少し不安です。でもみんな良い人(今の所)なので、なんとか続けられそうです。

 

お休みも日祝プラス平日何日か貰えるので友達とも予定が合わせられる!と浮かれて予定を入れてたら、お待たせしました、

 

父の登場です。

 

お前仕事が見つかったからって浮かれてるんか知らんけど予定入れ過ぎちゃうか!?家のこと全くやる気無いやろ!!あんまりそんなんが続くとずっと晩御飯抜きにするで!!!

 

…むしろそうしてください!!!!!!の一言に尽きます。

 

父は本当に言うことが矛盾していて、私がニートの時に遊びの予定を入れると、

プー太郎のくせに遊び過ぎやろ!!!就活はしてるんか!?だらけ過ぎちゃうか!?」とお叱りを受けました。

 

いやいやプー太郎してる間これでもかってくらい毎日晩御飯作らされて掃除洗濯アイロンがけ食器洗いゴミ捨てはもちろん父の私用まで全てこなしましたけど…お駄賃欲しいくらいですが…

 

つい先日も、父の出張が多くたまたま私の外食の日と父の帰宅する日が重なってしまうことが何度かあり、

 

流石に俺の帰る日と予定合わせ過ぎちゃうか??わざとやってるんか?ご飯は作りませんて言う意思表示か?もう少し相手の予定見て考えて入れろや

と言われた時は、結局何にでも文句言うんじゃねえかと腹を立てました。(心の中で)

 

父は自分が無趣味であんな性格だから友達も少なく遊びに行くことが少ないため、誰かが気軽にひょひょいっと遊びに行くことと、自分の都合よく動かせるコマがそばにないことに嫉妬するんでしょうね。

 何とも哀れだなぁと思います。そんな風に思う価値もないとお思いますが…(私が一番の被害者なので)

父のことを反面教師として生きたいけれども随所で父と同じことしてる…と気づくと悲しくなります。

 

今の父とおんなじくらいの歳まで私がまだ生きているとしたら、もっと自分のために楽しく生活できていますように。

誰が主人公なのか

 

こんにちは。干物紐乃です。

みなさんいかがお過ごしですか。

 

私は5月に仕事を辞めてから、ぐうたらして過ごしています。

 

転職活動はというと、ハローワークで求人の申請をしたり、転職サイトで何社か応募してみたり地道にやってみてはいるものの、就業経験が一年なので募集要項にそぐわず、WEB応募だけで落とされてしまったりと、やるせない思いを感じています。

 

仕事を探すにあたって、「せっかく前職で資格を取ったからそれを活かしたいな」「土日休みなら友達とも予定を合わせられるかな(片指が余るくらいの友達しかいないけど)」「残業はあまりしたくないな」「年間休日は120日くらいは欲しいな」「でも私が希望する業界は土日休みはおろか、年間休日は100日前後が妥当なのかな」と、どんどん欲が出てきてしまい軸がぶれぶれで、応募したいという気持ちがなくなってしまい、路頭に迷ってます。

 

この1ヶ月、2回ほど面接に行ってきましたが、普段引きこもっていて人と話す機会がないのと、頭の弱さが出てしまい、お祈りされ続けています。困ったものですね(他人事感)

自分が行きたい業界を諦めた方がいいのかもしれないという気持ちも大きくなってきました。

 

 

先日、ある会社の面接に行ってきました。父がお休みの日だったので、私がスーツで出かけるところを見たのか、面接から帰ってくると、

 

「今日は面接か?なんちゅーとこや。その業界では有名なとこなんやろな。何回くらい面接すんねん。」

 

と、事情聴取かのように細かく聞かれます。

 

小さい無名なとこは絶対あかんで。100%ブラックやからな」

「なんでもいいと思って変なとこ応募すなよ。お前が行きたい業界、やりたい仕事のとこちゃんと見つけろ」

 

言っていることはごもっともだと思うし親が心配する気持ちはわからなくはないけど、私は父のこの台詞で

 

「こんなとこ応募してるって言ったらまたあかんって言われるかな」

「やりたいって言ってたこととちゃうやんって言われるんだろうな」

 

と何かに囚われたような、監視されているかのような気持ちになります。

 

自分の人生は自分で決めるんだし自分が生きて行くんだから、親の言うことなんて無視すればいいのに

 

そうみんなが思っていると思います。

 

でも、それでは生きていけないのが私の家です。

前職へ就職した時も、働いてくたくたになって帰ってきた私に、

「仕事で疲れたことと家のことを同じにするな。家に疲れたって言う気持ちを持ってくるな。辛いっていうのは最初からわかってたやろ。その上でお前が決めたんや。辛いんやったら新卒の時に真面目に就活しなかった自分を恨むんやな」と事あるごとに言われていました。

 

労いの言葉をかけられたることは一度もなく、私の会社がいかにブラックか、私の仕事の帰りや休みが不安定なせいでどんだけこっちが迷惑掛かっているのかという言葉を降り注がれました。

 

自分が働きたい業界で、毒父も納得するような仕事

 

最近これが仕事探しの軸になっている気がします。

ただでさえ第二新卒で需要もないのに、ブランクもあるのに、需要なんてあるのか。

 

日々頭を抱えています。

そしてこんな悩みを考えたくないから結局いつもYouTubeみたりして気を紛らしています。

 

一つわかっていることは、父のことだから、私が働き出したらどんなことにでもいちゃもんをつけて文句を言ってくるということ

まずは一人暮らしをするために、どんな所でもいいから就職してみようか…

こんなことを考えながら今日もまたボーッとして1日を過ごす紐乃でした。

就活に及ぼす家庭環境

 

こんにちは。干物紐乃です。

つい先日、契約社員として雇ってもらった会社を辞めてきました。

絶賛転職中なので、就活について振り返ろうかな。

 

大学の時にしていたカフェのアルバイトが、人間関係もよく店長も気さくな人で、かつ時給もよく夜も20時閉店というとてもいい待遇だったため、とても楽しく、接客自体も苦にならず顔見知りのお客さんが出来るくらい続けられた。

その経験をもとに接客業を続けようかなと思い(オフィスの仕事ができるような能力や資格や知能が皆無だったのもある)サービス業を中心に仕事を探していた。

新卒で就活を始めた頃は親から実家を追い出されており(のちのちブログに書こうとは思っています…)、自分の好きな仕事を見つけて面接を受けていた。無事内定をもらったけど、夏休みの研修

で役員の女性から同期がたくさん集まっている前で、

 

「干物が一番同期の中で目立たない。全然積極的じゃない。こんなんじゃ同期にどんどん差をつけられるよ?せっかくウチの会社受かるだけの能力があるんだからもっと前に出なきゃダメ!ウチの会社にいても意味ない!」

 

と大声で言われてしまい、その時の空気と役員の女性に耐えきれず即刻で内定辞退した。

積極的にと言われても、生まれてこのかた叱られるがまま、怒鳴られるがままに生きて来たんだから私にできるわけがないでしょ。

 

内定辞退が8月の出来事だったので、そこから就活再スタート。

役員に言われた一言でかなりトラウマになり、面接に行くと考えるだけで吐き気がした。なので面接ブッチ常習犯になってしまった。(最低)

その頃ちょうど父からも実家へ戻るよう脅迫メールが毎日のように来て、当時の私は今よりも精神が不安定で毎日何時間も泣いたり発作が起こったりした。

実家へ強制送還されてから毎日父に就活の進行状況を聞かれたり、何の意味があったのか、今まで受けた企業名と合否を一覧にするよう謎の作業を命令されたり、志望している業界を全否定されたりして、余計就活をする気が無くなってしまった。

私が志望している業界が契約社員での募集が多いため、契約社員で職に就きたいことを伝えるとまた激怒。幸い中堅で割と名の知られた会社の契約社員を募集していたので、父には正社員募集だと嘘をついて面接を受け、採用された。

 

今まで育って来た環境のせいか、自分の意思を持って何かに取り組んだのって中学生くらいまでだったと思う。(それまでも周りの友達の家庭に比べるとおかしい規制は多くあった)高校になってから部活や友達と遊ぶ時間が増えるようになって、ますます人格否定をされたり趣味を取り上げられたり友達と縁を切られたれたり、強制終了させられた。

 

今回仕事を辞めるきっかけになったのも、職場の人間や会社自体が不景気で不安定だったという理由の他に、サービス業が故の不規則な休みや、土日出勤による父の文句を1年間毎日のように聞いて来て、ただでさえ少ない休みも全て家事で追われるようになったから。休みが取りやすく残業が少ない会社に入らなければ私の時間が全く取れない。今の接客業を活かしながら土日休みで残業がない会社なんて、今の日本にはないか。

 

転職したって、父が文句を言うのには変わらないし。

 

今日もまた朝から父にハローワークへ行けと催促される干物ちゃんでした。

家族旅行のトラウマ

 

お久しぶりです。干物紐乃です。

 

 

(このブログは私の毒を浄化する目的と、同じような環境で育った(育てられている)方に仲間がいることを知って頂きたく書いているので、ネガティブログになります悪しからず。。)

 

GW最終日、みなさんどのように過ごされたのでしょうか。

 

私は接客業なので世間がお休みの日は毎回お仕事でした。

家族連れやカップル、お友達同士でどこかへ出掛けるんだろうなという人をたくさん見かけました。みんな楽しそうな笑顔ですね。とても羨ましいです。

GW中は朝の通勤ラッシュも無く、スーツを着ている人も少なく、喫煙所の人も少なく、完全に世間からはぶられてましたね。みんな旅行にでも行ってたのでしょうね…

GWに限らずただのお休みの日でさえ友達からも連絡がこない可哀想な干物ちゃん。同じような立場の方はこのブログを見てる方の中にいらっしゃるでしょうか。

 

旅行といえば、昔は家族旅行を何回かした記憶があります。

ハワイ、熊本、北海道、箱根…

行った場所は覚えてるのに、何が楽しかったか、という記憶が全くない。

特にハワイの時は6泊7日も家族と過ごさなければいけなかったのと、当時所属していた部活の大会本番の日程と被っていたのに無理やり辞退させられ、それについてかなり親ともめ、友達にも嫌味を言われたりと、散々でした。

 

昔から部活の練習だろうと大会本番であろうと模試であろうと試験日であろうと、

 

家の用事が最優先、理由が何であろうと有無を言わさない

 

家族以上に大事なものがあるなら言ってみろ、その代わりもう二度と家に入るな

 

と脅迫されていました。もちろん他の兄弟にも。

反抗したらこちらが折れて言うことを聞くまで晩御飯抜き父の前に姿を現してはいけないなどの罰を与えられました。

 

その時のハワイも当然この流れ。

そしてとばっちりで、家族旅行よりも部活を優先させるような娘を叱らず放っておいたとして母も父から怒鳴られ…振り返るといつも母とセットで怒られてるな。

 

部活の顧問に理由を話し、先生から部長へ、そして部員に広まっていき、

私の代わりに後輩を出場させることになった。1年に一度しかない大会へ向けてみんなと毎日頑張って練習して来たのにその努力が水の泡になった。なのにその後も出る予定のない大会の練習を毎日していて、やり場のない怒りと悔しさでいっぱいだった。

 

女の割合が多かったのでネチネチ系が多く、陰口叩かれ部員に冷たくされ、話も混ぜてもらえなくなった。

 

紐乃、ハワイ行くから大会でないらしいよ、やばくない?やめちゃえばいいのに

 

廊下の角を曲がろう直前で聞こえた部員の話し声がとても辛かった…

 

そんなことがあってからのハワイ。楽しくなる予兆がなかった。

家族みんなが父の気分で無理やり連れて行かされたので、いろんな観光スポットへ行っても写真を撮っても、全然笑顔になれなかった。みんな顔が引きつっていたのが手に取るようにわかった。

 

流石に写真を見て気がついたのか、

 

せっかく連れてきてやってるのにその顔はなんや!!楽しそうにせんか!!お前らは笑顔もピースも知らんのか!!

 

とまた怒鳴る。

ついに楽しく振る舞うことを強要してきた…

この人、なんでこんなにみんなが笑顔になれないのかとか、考える力ないのだろうか。

それは今も同じようなことが言えるけど。

 

…あ、書いてて思い出したけど、ハワイで父に怒鳴られ、ホテル内で母兄妹弟を代表して、

土下座したんだったよな。あれ、何で怒られて土下座する羽目になったんだっけ。

 

 

友達と旅行というものに行ったことがないから、友達とちゃんと心から笑顔になれる旅行に行きたいな〜。友達がそもそもかた指全部折れるほどいないけどね!!

 

 

それは甘えだ

 

 

前回の続き。

 

父に私がどれだけ悪いことをしてきたか、根っからの性格がどれだけひん曲がっているか、どれだけ自己中かなど、理不尽な説教を延々と聞かされた私は、ストレスと貧血から目の前が真っ白になり、床に倒れこんでしまいました。

 

さすがに私が倒れこんで慌てた父。…と思ったのも束の間。

 

お水を飲んでしばらく休んだ後、

 

どれだけ反省したか、自分の言葉で言ってみろ

 

…出た、あくまでも父の意志ではなく自分の意志で謝罪させて、無理やり自己責任を押し付けるやつ…

 

私は仕方なく話しました。

 

「今回は私のせいで家族全員に迷惑を掛け、お母さんにまで嘘をつかせてしまいました。自分のしたいことしか考えず、自分のしたいことを実行するために嘘をつきました。みんなに甘えていました。本当に申し訳ありませんでした。

お父さんから椅子を投げられそうになった時は、本当に死ぬと思いました。むしろ、ぶつけられて死んで仕舞えばいいとさえ思いました。それと同時に、自分はどれだけ悪いことをしたのだろうととても反省しました父や母をこんな風にしたのは私の甘えのせいです。本当にすみませんでした」

 

椅子を投げられそうになったくだりは本音ですが、その他の言葉は父が散々私に言ってきた言葉です。

 

自分のしたいことしか考えない

 

そのためには他を犠牲にしても構わない

 

親に甘えているだけだ

 

父が言って欲しそうな言葉を並べただけ。

 

でもそれを聞いた父は、

「その言葉は本気やな。もうその男とは別れろ。女をこんな風にする男なんてろくな奴じゃない。お前がお父さんから椅子を投げられそうになった時のその気持ちがお前の本当の、心の底からの気持ちだ。その気持ちに嘘はない。

自分がいかに周りに甘えっぱなしで迷惑を掛けているかよく考えて行動しろ

 

そう言われ、父からこれで今回の話は終わりという合図のビンタを喰らい、父と母に土下座して謝り、やっとの事で、今回の事件は幕を閉じました。

 

私的には全く納得いってなかったですが、怒られることの体力が限界だったので、父に従いました。

 

これを機に、私は男性と付き合うことがこの家ではルール違反なんだ、この家でこの親がいてここに住んでいる限り、彼氏なんてできないんだ、と自分に言い聞かせていました。

 

言い聞かせすぎてしまったせいで、今も好きな人を作るのが怖いし、作ってはいけないと自分を抑え込むし、実際出来てしまったら父が絶対黙っているはずがなく面倒なので、自分から境界線を作っています。

 

 

まともな恋愛をしたいです。

父に干渉されず、家族から暖かく迎えられ、家族に紹介できるような彼が出来る日が来ることを願って…

その前に友達がいないんですけどね。

友達100人出来てたらなぁ

それ以前に自分の意志で行動を決めるという人間らしい生活を手に入れることを目指さなきゃ。

 

人間なのに人間らしくない。